母は、私が小さい頃からコーヒーを飲むのを一日たりとも欠かしたことがない。コーヒーを心から愛しているようで、銘柄にもうるさい。
母は私が幼稚園の頃にリウマチを発症した。発症したのは30代前半だったから、いまの私と同い年くらい。当時から歩くことはなかなか難しく、近くのドラッグストアに買い物に行くのでしんどそうだった。たまに都内まで、母と姉と3人で買い物に行っていたが、母は2時間ほどでゼーハーしてしまい、いつも喧嘩になっていた。
母の代わりに近所のスーパーにコーヒーを買いに行くことがしょっちゅうあった。
でも小学生の自分はコーヒーを飲まないから、並んでいるコーヒーはすべて同じように見えた。案の定、間違った銘柄を買ってきてしまうと、母親は途端に拗ねた。「コーヒーごときで、そんなに怒る必要がある?」と、怒られる度にいらついていたのを憶えている。
現在母親は自分の足では買い物には行けない。30年前からずっと契約している生協でコーヒーを買っている。コーヒーのストックが無くなるのが不安で、箱買いしているほどだ。
私が実家に帰ったとき、コーヒーを飲みたいと思ったら、紙パックのコーヒーが入った山積みのダンボールから、私が飲んでも良いコーヒーを探す。母がとくに好きな銘柄はちまちま飲むので、それは残しておかないといけないのだ。
毎日1杯。アイスラテをつくり、大切に飲む母。
小さい頃はコーヒーごときと思っていたけど、コーヒーを飲む時間が母にとっては唯一人生の楽しみな時間なのかもしれないと思うと、途端に申し訳なくなった。母は趣味がない。いや、趣味がないわけではなく、病気が原因で諦めてしまったというほうが合っているだろう。
趣味がない中でも、食べ物や飲み物にはとことんこだわっていた母。この楽しみを私はわかっていてあげられていなかった。「りさがつくるアイスラテは、一番美味しい」と言ってくれる母。実家に帰ったときは、とびきり美味しいアイスラテをつくってあげようと思う。